「存在しないものは存在しない」の意味の2つの書き方を提示されていますが、両者は同じ意味だと思います。たぶん論理式で書くとわかりやすいかと。
記法の約束として、命題P(x)が正しいとき単にP(x)とかくとします。(e.g. P(x) = "xはうまい"として、P(ラーメン)は"ラーメンはうまいは正しい"の意味)
また、P(x)の否定が正しいとき ¬P(x) とかきます。
さて、P(x) = xは存在する. として、「存在しないものは存在しない」は次のように書けます。 ¬(∃x ¬P(x)) この外の¬を計算してやると ∀x P(x) となります。
雑な説明で恐縮ですがどうでしょう。
追記:表題の言葉に違和感を感じるのは、自己言及してる命題だからだと思います。


ある生命体の集団が存在したとき、その集団が社会的にふるまう必要条件は、集団の多くが善人であること、という主張ですかね。 見方によっては、「善人」を「社会を営める能力を持っていること」で定義したとも言えるでしょうか。 いずれにせよ私のナイーブな認識とある程度一致するように思います。
ここでひとつ疑問が生じます。生命体は必ずしも善人である必要はないように思います。即ち、善人のほとんど居ない生き物がいてもいいように思います。植物とかはそうですかね。一方、賢いとされている生き物(ヒト、サル、イルカ等)は大抵社会を営む→善人率が十分高いような気がします。 賢さと善人率の高さに関係がありそうですかね。