今や誰もがスマートフォンや携帯電話で撮れるようになり、撮っている「写真」。そうした写真がメインのSNSとして、InstagramやFediverseにも写真や動画に特化したPixelfedがあります。 世の中には「映え(バエ)」という言葉が日常的に用いられるなど、写真は日常生活の中でいろいろな価値観に影響を与えているように思います。

そこで、皆さんにとっての「写真」とはなんでしょう?

  • 自分の体験を美しく見せるためのもの

から

  • 物事のメモがわり

というところまで多岐に渡ると思います。ぜひお聞かせください。

  • かれは
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    20 days ago

    議論は「論理の共有」が目的、文学は「感性の共有が目的」とするなら‥ 写真は‥「視覚の共有が目的」として、どちらにも関わって来る気がする。

    議論で写真を使う場面は、写真をある種の「命題」として使うし、 文学で写真を使う場面は、写真をある種の「心象風景」として使うのではあるまいか。

    • にしし
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      19 days ago

      写真は、分野というか用途がすごく広いものというのは同意します。 写真は、証明書、証拠、商品、思い出、記録、芸術……様々なものになりえる。

      • yoheizuhoOPMA
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        18 days ago

        確かにかれはさんの「視覚の共有が目的」はそのとおりだと思いますし、にしさんの用途が広いのもたしかになと思います。 同じ「視覚の共有」が目的である絵画やその他アート作品と比較してどうなんでしょうか?「写真」は名前の通り、写真以前のものに比べてより真実に近い(見たままに近い?)ものが記録できるようになったと思います。 その中で、我々は「盛る」であったり「映え」というような概念を持って、またそれを目的に写真を撮影し、加工し、共有しています。投稿している側も見ている側も脚色した現実を投影していることは理解しつつも、「本物であるように見える」に近い写真を用いるのは面白いなと思います

        • にしし
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          18 days ago

          写真という表現は、絵を描いたり彫刻を彫ったりするのより楽だから、でしょうか。写真と絵の関係となると、19世紀の写実主義とか印象派の誕生とかカメラ・オブスクラとか、そういう大学の講義で聞いたような話を思い出しましたが、この議論の出発点からするとそっちの方の話はちょっと違うか。

          「盛る」は2022年度の文化庁の調査で取り上げられ、「映える」は「今年の新語2020」に入選した、どちらもかなり新しく、そして今後それなりの期間使われていきそうな言葉です。

          https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/shingo/2020/archive/2018/Preference02.html 「景色や小物、スイーツなど、見映えがいいものを「ばえる」と表現します。ただし、撮影・投稿したいほど、という語感があります」と今年の新語のページでは説明されています。盛るも映えも、(当然にカメラ機能と共有機能が付いた)スマホ時代の言葉だとも言えそうです。