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Cake day: May 21st, 2026

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  • 僕は学者じゃないから生の情報をきみにつたえることはできないかもしれないけど面白そうだったから、意見だけ述べようと思う。

    まず学問は、可能性だと思う。人類はみんなが一致団結して一つの方向に進むのではなくて、多様な規模の人々の集まりがそれぞれ指向性をもってなにかを達成しようとする。その任意の目的を達成するうえで学問で発見された知見が活用されていく。医療と宇宙研究、そちらとも中止したときに支障の出る具合にちがいがでるのは、まさに今僕が述べた同じ指向性を持つ人々の集まりの規模の大きさによって左右されるのではないのだろうか。

    というのも医療研究によって健康が増進され長生きできることは、マイノリティの人々を除くすべての人の夢であるだろう。これは時代によっても変わる。例えば冷戦時代、アメリカとソ連の間で苛烈な宇宙開発競争が繰り広げられていた。こんな状況下で、アメリカで宇宙開発が停止したら国の威厳にかかわる。多くのアメリカ人にとって支障をきたしたわけだ。

    いかに多くの人がその分野に対して前向きであるかということが、研究を左右する。僕はそう思う。そして人々が求める研究は時代によって変化することも述べた。つまり学問のブームはある種予測不可能な面がある。しかしどんなブームが来ても、その発展を包括してくれるのが学問だ。

    だからこそ、どのような場面でも活用されるかもしれない学問は可能性だと思う。

    というのは僕の意見だ。分野を問わずあらゆる学問に対してブームが起きた時代がヨーロッパにはあってそれは啓蒙主義の時代だ。当時の人々の中で学問がブームになったのは、学問という可能性を後世に託そうとかいう考えが巻き起こったからではない。神の意図が学問を通じて理解できるはずだと、当時の人々が信じたからだ。

    当然このヨーロッパの歴史も学問の発展した一つのケースでしかない。キリスト教に関係なくイスラム圏でも学問のブームが起きたこともあった。

    しかし現代では僕が最初に述べたようにあらゆる物事の発展へのあしがかりになるのが学問だ。つまりあらゆる国が自国の発展のために可能性に投資するのだ。何に役立つかわからない学問でも、いずれ人類の発展の布石になる可能性がある。これだけで正当性は確保される。

    主観だけど宇宙に惹かれるのはロマンだと思う。